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こんにちは。

残暑お見舞い申し上げます。


暑い。。

暑い。。。

暑い。。。。

暑い。。。。❕


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夏が暑いのは当たり前なのですが、吹き出すほど汗をかくのは今年が特に暑い夏だからでしょうか、それともマヤ暦上の周期が前回のブログにも書いたように”熱い”からでしょうか?!

あるいは、私個人の更年期ホットフラッシュによるものでしょうか149.png141.png134.png


今日はどこの民法放送局でも交通情報を伝えているようですが、乗車率100%200%の電車にゆられ、あるいは30キロ50キロは覚悟の上でノロノロ運転する車にゆられながら、スマホのネット動画などを楽しみながら
実家にお盆帰郷をされている皆さんは、どうもお疲れ様です(;´Д`)139.png143.png152.png


ところで先日こんなニュースを発見しました。




「あの世」や「霊魂の存在」を信じる人が増えているのだというお話。


20代では「信じる」が45%、70歳以上では31%だという調査結果が書かれています。

高齢のじーさんばーさん以上に若者のほうが信じる人が増えていることの理由の1つには、若者の心の素地における天や神話との共感力・共振力が高まってきたという背景があるように思います。

日本にはもともと森羅万象に魂を見いだす思想(アニミズム的)な世界観が強く根付いていますね。
富士山や森の精霊信仰など「自然」のなかには精霊や神々が宿っている、と信じること。
それこそが日本とマヤ民族に共通する世界観なのですが!

あの世の存在を信じる人の増加は「現代人の宗教観が少しずつ回帰しているからでは」と言う。

「宗教観」というより「アニミズム的世界観」だと私はおもいます。

それは戦後の日本は、漫画やアニメなどを通じて「神話素」や「神話の元型」を日本人が子どもたちに向けて発信し続けているから。という大きな理由もそこにつながると思います。「心の素地」が耕かされ、良い土壌に種が蒔かれたということです。

あの世とか霊魂の世界とかは、普通人間の目には見えないようベールで覆い隠されています。
そして生きているあいだに人は「絶望の地獄」とか「死と恐怖の淵」「闇の試練」などを通じて、「目に見えない冥界」に誘われることがあります。「死」に直面するような事故や病気、怪我なども冥界に属する事象です。

そこで人は初めて「闇」と「光」の本当の姿を識ることになります。
覆われていたベールが外れ、宇宙の原初の有様や創造の秘儀、光と闇、昼と夜の意味が解き明かされます。

すると驚くことにそれまで見えなかった者どもの存在や姿・形、世界が見えるようになる!

それが「あの世」であり「霊」や「精霊」「魂」「神」なわけです。



推理・怪奇小説作家で詩人「エドガー・アラン・ポー」は、幾度となく「神霊の発現」についてあるいは「霊魂」について作品の中の登場人物に語らせています。

「人間が冥界と深く紐帯するときに”霊知”が働きかける心霊美学であり、人間は霊的に『死ぬこと』によって『生』を回復するのである。矛盾した表現ではあるが、現世の『生』は前世(死者)の連続であり、『死』は現世の生の連続である。さらに明察すれば『現在が死の世界』であり、死後が『生の世界』だということも幻想的には考えられるのである。」


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「魂はすべて不死なるものである。なぜならば、常に動いてやまぬものは、不死なるものであるから、しかるに、他のものを動かしながらも、また他のものによって動かされるところのものは、動くのをやめることがあり、ひいてはそのとき、生きることをやめる。したがって、ただ『自己自身を動かすもののみが、自己自身を見捨てることがない。」(プラトン)



ポーの芸術のなかの「滅び」とは、愛(エロス)による永劫の死に終わるのではなく、死の車輪は永遠に回りながら霊魂(アニマ)の復活へと回帰する。つまり生命の誕生は常に死のための準備であり、死は再生のための出発であるというニーチェのいう「永劫回帰」なのです。



本当の愛を信じて生きるならば、死や霊魂を信じることは避けては通れないのです。


神話やおとぎ話、漫画やアニメをよく見られる若い方ならきっと、その世界観が理解できるのだと思いますよ♪


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神話の元型についてまとめてあるサイト:



怖い話にもすごく大切な神話素メタファーが入っていますので、この真夏の暑い一夜にいかがでしょうか?149.png144.png122.png

皆様こんにちは。
パンチのきいた暑い夏103.png
コテンパンにやっつけられそうな強いマヤ周期の夏166.png
暑中お見舞い申し上げます174.png

日中汗をかくことで、知らない間に体力消耗しているので、夜になると普段以上にだるさや疲れを感じるかもしれませんので、たとえ真夏といえども心静かにヒーリングのひとときは大事にしてくださいね。

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8月はマヤ暦では3日までが「ジャガー」の周期。
4日から16日まで「シカ」、17日から29日までが「祖先」、30日から「コーン」の周期です。

天空を支配する神様は、「ケツァルコアトル、テペヨリョトル、ウェウェキヨトル、チャルチウトリクエ」です。
ウェウェキヨトル(創造の神)をのぞいた3神は皆「自然の神々」で、風や火山、海や川に息吹を吹きこむ力をもちながら、地球生命の呼吸をうながします。
ただでさえ真夏の太陽の光や熱にふ~ふ~してるわけですが、さらに自然神が力強く動き回られてはどーよ!な8月の気配です140.png

さらに立秋(8月7日)を過ぎると天文現象もシンクロしていきます。
8日(サル5)で部分月食がおこり、12日(ワシ9)でペルセウス座流星群が極大に、19日(風3)頃に金星と月が東の空で接近、22日(ヘビ6)の新月に皆既日食がおこります。

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(画像 国立天文台 ほしぞら情報サイトより)


今回は日本では観測できなかったり、できるとしても真夜中の3時過ぎだったりと条件が良くないようです。が、アメリカケンタッキー州を始めとする一部では皆既食を、北米大陸全域や南米大陸北部などで部分食を見ることができるようです♡

マヤグアテマラ地域でも部分食が見られることでしょう。

日食は、太陽-月-地球が一直線に並ぶ新月のときだけに起こり、月食は太陽-地球-月が一直線に並ぶ満月のときだけに起きる現象ですが、やはり天空のサインや神々が賑やかな時に天文現象が起こるのも宇宙のパターンなのでしょうか!150.png




ちなみに日本で皆既食が見られるのは2035年9月2日(イヌ13)だそうで、何とも先の話です!

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8月は全体的に周期の神々もサインも特徴も「濃い~~~」感じなので、ある程度エキサイティングな波乱は覚悟して過ごしたほうが良いかもしれません。 
特に「死」「イヌ」「ナイフ」「夜」のサインの人たちは、あまり冒険には向かない夏でしょう(;^ω^)
9月中頃になるとがらりと雰囲気が変わりますので、そこまで待つほうが賢明かも。

「シカ」や「コーン」「嵐」「祖先」「風」「道」のサインをもつ人たちは、過激なアバンチュールや初めてチャレンジする夏休み!みたいな世界にジャンプしてみるのは良い引き寄せや出会いが生まれるかもしれませんね(^^)/

ちょっと余談ですが、「道」のサインの人は過激な方向へ引っ張られそうになるかもしれませんので、ご注意を。
(たとえば今ワイドショーで話題の松居棒の松居さんは道3で、ツイッター炎上で賑わせた上西小百合議員は道5という・・)
「道」はかなりのど根性アスリートです!


ところで・・・

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皆さんは、1、2、3、4、5と手で数をかぞえる時、上の画像のどっちタイプで数えますか?



私はどちらでもなく、最初に手をパーに開いてから、親指から折って1、2、3と数えていくタイプです。



数学を使えばうまくいく ―アート、デザインから投資まで 数学でわかる100のこと―

ジョン・D・バロウ/青土社

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「数学を使えばうまくいく」の本のなかに、指で数えることに関する面白い項目がありました。

古代マヤの文化でもそうですが、古代人は十本の手の指と十本の足の指をつかって数を数える方法の基礎を見つけました。
十進法もそこからきたそうですが、マヤの20進法やマヤデイサインが20個あることも手足の指の数ともいわれているので、数に関与していることは間違いありません。


中央アメリカの古いインディアンの文化では「8」が数えるための底辺になっていたそうです。
それは手を開いたとき、指と指のあいだの隙間に物をはさむ習慣があったことから、片手で4(4つの隙間)両手で8となったのだそうです! 
自分の頭で考えたり想像・イメージしていくことの苦手な現代人には、こういう発想はなかなか出来ませんね。


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指で数えるところから数を数える概念が生まれたのだとすれば、数は文化・習慣だともいえます。
手をどう使って数えるかは、国の文化によって少しずつ違うようです。

お金の数え方、おつりの数え方もそれぞれ国によって違いますよね。
面白いな~と思いながら読んでいます。

ここに今月のメッセージがあるように思います。

「どれが正解」なんてない。方法や認識の「違い」があるだけ。ということです。

「8」が手と指をつかって数える基本だと考えたインディアンは、決して間違ってなどいませんね。

別の数え方を知らない人が「その数え方は間違っている」などというのは愚かしいことです。


相手が何を言っているのかをよーく耳を傾けずして、相手と自分の違いは見つけることができません。
違いを知るためには、まずは「自分の考えや知識が正しい」という間違った考え方をやめること。
それしか方法はないのだとおもいます。


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マヤ暦【古代文明から紐解く幸運の予言】