自分の身は自分で守る時代

みなさん、こんにちわ。

「予定通りにいくのは難しい」=汚染水処理システム-原子力安全委(時事通信)

原発事故の収束が一日も早く望まれてるのに、このような裏切りニュースをいつも目にします。

しかし事態はとても深刻のようです。
原子力発電所において原子炉が水素爆発し、メルトダウンどころかスルーになっているわけですから、政府や東電がどんなに頑張ったところで、すぐに元の状態に戻るというようなそんな簡単なものではないのです。
もしかしたらテロ攻撃による爆破だったかもしれないですし、4号機に燃料が実は入ってたという嘘を隠せなくなってしまい、事故が悪化したかもしれません。
Nobody knows but him!! may be 東京電力.
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インターネットを通して多くの情報が伝わっているため、政府を信じようとする者もいれば自らに混乱を生じてしまう者、あるいは情報を見分けようと躍起になるものや開き直って自己解釈で通すものもいるかもしれません。

私自身、毎日時事関連ニュースや個人ジャーナリストサイト、ブログや世界に起こっている現象をチェックしたり、海外との情報を照らし合わせたりしながら、自分が納得できる位置を確認しようとこの3ヶ月間手探りしてきましたし、現在も進行中です。

様々な説があり、意見があります。膨大な量の情報整理や視点を確認しながらの作業が必要になることに加え、陰謀説や水面下での動きも絶対にあるため、誰もが正しい情報を見分けることは簡単ではないように思います。

3・11から100日が経過したにも関わらず、福島原発での放射能大気汚染や汚染水については安心の領域に全然至っていません。

このあたりでそろそろ私たち日本国民は、もっと現実を直視して自分の身を守る、あるいは家族を守る具体的な方法をとっていかなくてはならない時期が来ているのではないでしょうか。

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既におこってしまった過去の歴史を変えることはできません。
しかしせめて現在進行中のことだけは何とか被害を未然に防ぎたい。
だから正確な情報やデータが知りたい!そう国民は思うのですよね。
なのに、政府や東電は腹をくくっていないのか小出し後出しでぼろを出しているだけ。

困ったものです。

だからといって、日本という国を、故郷を捨てて新しく再出発することができる人ばかりではありませんね。
ここで少し視点を変えてみましょう。

ルース・ベネディクトの「菊と刀」について、杉井昭夫氏のサイトでは調査分析されていて、そちらでは日本人の特徴について次のように解説されていました。

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 重ねて言うが、多くの現代日本人は自己や人間社会を成り立たせている自然万物および人間社会の全体を信仰の対象としており、それらを偏見なく正当に評価する社会的慣習を「世の習い」として所有している。そのため、宗教的色彩を帯びた行事の世俗的実行はともかくとして、ある種の迷信でもある宗教そのものを介在させる余地が少ないのではなかろうか。

世の習いとは多分、人類誕生時から存在する社会常識や社会慣習に基づく行動規範。全てのタブー、道徳、法律、宗教上の戒律の源流であって、かつそれらのカバーし切れない部分をカバーしている。古来、日本人の行動原則であり続けており、北条泰時は道理と呼び、戦国時代には天下ばやり、その後は世の定めなどとも呼ばれて来た。たとえてみれば、社会という方円の器に従がい、その隅々までを満たす水が「世の習い」であり、その水に浮かぶとりどりに色付いた氷がタブー、道徳、法律、宗教上の戒律であろう。

山本七平がイザヤ・ベンダサンの筆名で著した「日本人とユダヤ人」には、次のように記されている。

日本人が無宗教だなどというのはうそで、日本人とは、日本教という宗教の信徒で、それは人間を基準とする宗教であるが故に、人間学はあるが神学はない一つの宗教なのである。そしてこの宗教は、「人間とはかくあるべき者だ」とはっきり規定している。(中略)
日本人は日本教徒などという自覚は全くもっていないし、日本教などという宗教が存在するとも思っていない。(中略)その信徒自身すら自覚しえぬまでに完全に浸透しきっているからである。
--*--

日本人は日本教という宗教の信者であるとは、よく言ったものだと感心致しました。
そして「世の習い」という考え方も、未だ日本の小さな社会・・家庭や学校、地域などでもまかり通っている根本的生き方の教えというか慣習的思想であるとうなずいてしまいました。

日本におこってしまった未曾有の災害・事故は、世の定めとして生じたことだ。だから日本が一丸となって日本社会の復興や救済を信じて頑張れば、必ず報いは与えられ、正当に評価される国なのだ!

そう思ってはいませんか?

私たち自身に意識も自覚もないけれど、もしかしたら日本教徒として世の習いに準ずるという無意識が私たちのなかに存在し、原発事故も災害復旧もみんなで頑張れば大丈夫!と考えてしまっているのではないでしょうか。

それが間違っているとはいいませんが、今となってはそれが正しいと言えない気がします。

日本はいったいどこへ向かう?
日本の現代社会これからの未来は自分の身は社会が守ってくれるのではなく、自分で守る。そんな時代へと変化しているのではないでしょうか。

★ウクライナにおける事故影響の概要

★ヘレン・カルディコット医師『原子力が答えではない』

★1年20ミリの被曝の被害に、何で報いるのか? 武田邦彦 (中部大学)
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by cimi666 | 2011-06-20 16:47 | 情報