自分や相手の気持ちがわかることの意味

みなさん、こんばんわ★

自分のことが見えないで焦ったり足掻いたりしてる人も
他人の気持ちが見えないで悩み苦しんでいる人も

少しだけ肩の力を抜いてみませんか?
自分や相手を責めるのをやめてみませんか?


「自分や相手が見えないこと」ってそんなに悪いこと?
見えないと生きるのがむずかしい?
そんなに恥ずかしいことかしら?

私には「見えないこと」こそがヒントなのだと思えるのですが・・(*^^)v


「痛みと身体の心理学」という本があります。(著者:藤見幸雄 新潮選書)
痛みは身体の見る夢で、意味がわかると痛くなくなってくるよ♪ということを様々な視点から書いてあり、心身の闇や自分と向き合うための前向きな受容心理学の教本だと思います。

プロローグの冒頭だけ抜粋して紹介してみますね。


あなたは、病気にかかったり、身体に症状が現れたとき、どのようなことを思うでしょうか。

・何か悪いものでも食べたのだろうか、飲みすぎたのだろうか。
・仕事のしすぎ、ストレス、寝不足のためか。
・身体のどこかが壊れてしまったんだろうか?
・遺伝のせいか?
・老化現象か?
・幼少期のトラウマあるいは、過去の辛い体験のためだろうか。
・両親の不仲のためか、家族とうまくいっていないためだろうか。
・人に言えない秘密があるからだろうか。
・いや、環境汚染のせいだ。
・社会的不平等のせいだ。
・自分のどこかに悪い点があるからだろうか?人格の問題か。
・心が汚れているからだろうか。
・何か悪いことでもしたんだろうか。悪いことを考えたために「神さま」に罰せられたんだろうか。

いかがですか?
医学的妥当性のあるものから、妄想的なものまでさまざまですが、どれにも共通している点があります。それは、どこかに「原因」を求めているという点です。つまり、どれもが「因果」的な考え方をベースにしているのです。
・・・
これに対して、身体症状や病を「意味や目的のあるもの」としてとらえる「目的論」的立場があります。症状や痛みを意味のあるものとして、大事にしていきます。


このような書き出しで著書本文は始まっていきます。
医学的にも「痛み」があることで人間は命を守れるんだよ、と言われてますよね。

心も同じです。
私は鑑定相談をするとき、両方の立場を取り入れてマヤ暦の教えや思想とあわせてリーディングしていますが、原因を求めることよりも生じている現象を受け容れて意味を読み解くことのほうが、相談者様の心が軽く、穏やかになるということを何度となく体験しています。

相手の心がわからない。自分が見えない・わからない!

そのことの原因を追究しても、過去のどこまでさかのぼればいいのか!?となりますよね。
「わからない」ことが何かの目的をもっている、意味がある、と考えられるようになると自分をいたわることが出来るようになります。

自分の過去を書くのも恥ずかしいですけれど、私は40代になるまで超傲慢で人の気もちを考えない利己的な人間でした。自分が一番で、自分のことをわかってくれない人は切り捨てる。という類まれなアホでした(^_^;)
でも、180度変わってしまいました。
昔の自分に戻れるなら、その方が楽だったようにさえ思いますが(^_^;)

自分が一番で超利己主義の傲慢女だった私だから、そういう過剰な自己顕示の気持ちがわかるんですね。すべて意味があって今があるわけですから。


オカさんのブログからマヤの長老ドン・アレハンドロの言葉をお借りして紹介してみます。

自分を責める前に
相手を責める前に
どうか全てをありのままに受けとめる勇気をもってみてください。
そこから自己受容と認識への道は開かれてきます。

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祖先たちの帰還
ドン・アレハンドロ(マヤ神官)2009.03.24

これから始まる太陽の期間は、これで6度目である。新しい太陽の期間に入るにしたがって、地球の調整が行われ、天候とともに人間の社会に大きな変化がもたらされる。

世界は変容し、人類は、相互理解と社会的正義、ならびに平等が支配する共存共栄の時期を向かえる。これが人類の新しい生き方だ。

われわれ一人一人は宇宙と関係をもっている。この関係が、われわれの態度が他の人達と調和しているかどうかに反映するのだ。

変化のときはきた。

相互に互いを理解し、より人間的になるときがきたのである。

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In Deep オカさんのブログより

新しい時代がやってくると、古い価値観は少しずつ崩壊し始めます。
そのとき自分を見失わないためにも「能動的受容」な立場は大切だと思っています♪
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