秘密の言語 聖指話法と秘密結社

みなさん、こんばんわ★

原稿を書いていて途中疲れたりすると、ネットで遊びだしてしまいます^^♪
YouTubeで世界の面白い動画を見たり、音楽を聴いたりしてひとやすみします。
TwitterやFacebookもしているので、そちらも楽しみの1つかな(*^^)v

ずっと以前に古本屋さんへ立ち寄ったとき、あまりに欲しくて買い求めたものに小雑誌「ユリイカ」があります。しかも発行が1970年!見るからに汚れてしまっている表紙がいかにも古めかしくてワクワクしたのです(*^^)v

日本の独文学者で評論家の種村 季弘氏が投稿していた記事が、この雑誌のトップ記事です。
タイトルは「アナクロニズム 聖指話法」

種村さんのお名前は存じ上げておりました。
「ヨーロッパの異端の文化や裏面史に関する広汎な知識で知られ、独文学の翻訳の他、幻想小説や美術、演劇に関する多彩な評論を展開し、神秘学思想研究でも知られる。また、西洋の歴史上のいかがわしくも魅力的な、詐欺師や怪奇人物・怪奇現象などを著作で多数、紹介した。」
by Wikipedia

そうなんです!
このお方は神秘学思想研究をされており、当時の秘密結社やフリーメーソンなどについても、大変詳しく研究されていた方なのです。

面白いことに、記事には明治30年10月発行「都新聞付録都の草第5号」に「指話法のアルファベット--英国人の新案」とあり、ほかに「明治28年以来日本人マネ流行」として詳細が書かれています。

これは現代でいう【手話】に近いことですよね。

現代の American Sign Language
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しかし種村氏は、ここでは次のように書かれています。

私がこの小文で語りたいと思うのは、聾唖者の指話法のことではない。聾唖者以外にも通常の音声言語から隔絶した無音の世界になじんでいる人々がいるはずだ。たとえば密教の行者がそうであろう。密教の行における、いわば聖なるものとの対話のための指話法としての印相の意味に関しては、俗なるものの世界から意志的に隔絶して聖なるものとも交流をはかる秘密言語として、指話法は位置づけられる。・・・フリーメーソンの教義一般が、もともときわめて一筋縄ではいかない教義であるが、とりわけ回教文化圏とキリスト教文化圏の境界に位置するコンスタンチノーブルに発生した「トルコのフリーメーソン」は、一言にしていえば、回教、キリスト教、カバラ、錬金術、東方の密教などあらゆる宗教体系を混然一体化して、中心にアラー崇拝を据えた、世にも強欲な秘教団体であった。だが、世界のフリーメーソンから見捨てられたお陰で、奇しくもこの分派は中世以来の古式的行が純粋に保存される幸運に浴した。「トルコ・フリーメーソン」の秘法の中核となっているのが、こちらの母音の聖指話法である。

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現在のフリーメーソンでは使われなくなってしまったかもしれませんが、と前置きして記事にはこう書かれていました。

「たとえば誰も知った人がいない集会で結社会員に忠言や助力を乞いたいときには、目立たないように右手を左肩にそっとあてる。それも緊急の苦境に陥った場合には頭の上で両手を折り曲げるか、同じく掌を指の付け根のところで折り曲げて両腕を真っ直ぐ立てるかすればいい。 またいわゆる『火のしるし』というのは、遠くから結社員同士が挨拶する方法で、平らにした左手甲の上に同じく平たくした右手を重ね、さっとばかりに擦過するのである。・・・・」

他にも挨拶の仕方や、問答の答えかたや、合言葉、指文字などの交わし方などが書かれています。
そしてこれらは目に見えるもの、感じるもの、聞こえるものであるけれど、それらは見えない感じない聞こえないという霊的な存在へ到達する錬金術的な道程であり、生きながらの成仏にひとしい行なのだと語られています。

現代の石工の担い手が大切に守っているフリーメーソンは、古きメーソンが大切にしてきた象徴や教義の意味をどこまで正しく理解しているのでしょうか。

指や手をつかって言葉にしてはならない大切な真理を伝え合う・・
それが手話という合言葉の始まりなのだとすれば、本来指や手を使った会話は、素晴らしい真理の教えと哲学的思想を表現する方法として成立しているように感じますね。

すごいですね~~!
私は真言密教のオンアビラウンケンしか存じ上げませんが、このアビラウンケンも実はヘブライから来ているとか・・

「梵語のアビラウンケンは沖縄の言葉でアビランケー(喋るな)と言う意味になり、アビランケーはアビル語でアビルナ(喋るな)であり…この碑の前で私を噛んだ「ガジャン(蚊)」はアビル語で「噛むもの」と言う意味であり…アビル語とは徐福達の使っていたヘブル、即ち古代ヘブライ語なのであり。」
自分達がユダヤ人ということをばらしてしまう言葉を「しゃべるな・ばらすな」であり、ウンケンにつづくソハカは叶えられるの意味で「アビラウンケンソハカ」とは「アブラハムの子によって叶えられる」と言う意味になるのである。
不思議沖縄http://ukon.ti-da.net/より

何だか最近、古いものと新しいものがつながり始めているようですね!
そして恐るべし沖縄!恐るべしユダヤです。
あっ!そうそう! もちろんマヤもです♪

ではまた原稿書き始めます!^^!
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