いじめについて巨大地震から学ぶ

みなさん、こんにちわ☆

いよいよ太陽が「夏の顔」をつける日がやってきましたね~!

ギラギラ太陽が私たちに勝負を挑んできますが、所詮勝てるわけがないので^_^; あまり力まず、体調不良にならないよう気楽にいきましょう♪
(って自分に言い聞かせてますw)

私は中学生の時に洗礼を受けたクリスチャンですが、いまはどこのキリスト教会・教派にも属していません。
どこかに属してしまうと本当の信仰でなくなってしまう気がしますし、不自由に感じるからです。

キリスト教やイスラム、仏教など宗教には、それぞれに「規律」や「掟、戒律」などたくさんあります。
いいことをたくさん学ぶことが出来ますし、修行にもなりますが、恐ろしい側面もたくさんもっています。

私の場合それらを守ることと「信じる心」とを天秤にかけたら「神を信じる」という心の方が重たいことがわかったので、教会通いは卒業しました。

仏教や密教、キリスト教や古代マヤの信仰も、それぞれの教えの根底にあるところの神話素はとても良く似ていると思っています。 そのことが分かってからの自分は、信じることに対し宗教を超えてとても自由になれました。

宗教が違う、神が違うというだけで、戦争や殺し合いがおこる世の中ですから!

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今日は日本中が話題として取り上げている「いじめ」について、少しだけ私見を述べてみたいと思います。


「いじめ」は現代社会の歪(ひずみ・ゆがみ)です。
大人も子どもも関係ありません。
親が子を虐待する、成人が老人を虐待しいじめる、教師が生徒を虐待する、政治家が政治家をいびる、子どもが子どもをいじめる。。。

全部同じです。

歪の意味には「正しくない、ゆがんだ、曲がった、いびつな、正当でない」などがあります。

社会が歪んでいるから、社会に歪みがあるからいじめがあるのです。

人間の肉体にもともとある細胞が、ストレスや様々な要因によって悪性になると癌細胞になってしまうのと同じように、いじめることといじめられることは表裏一体の関係ではないでしょうか。

私も若い頃は人に憎まれ口をたたき、いじめたこともありますし、逆にいじめの標的になって閉じこもったこともあります。
どちらの側に立っても、全然気持ちのいいものではありません(~_~;)


今のままの社会だと、この世の中からいじめが無くなるとは私には到底思えません。
むしろ、影に隠れてもっと悪質化していくことがあるかもしれません。


荘子曰く

その安きは持し易く
そのいまだ兆さざるは謀り易し



安定しているものは維持しやすく、こじれていない問題は解決しやすい。大事に至る前に発見し、対処すれば比較的簡単に解決することができる。ということを教えています。

病気でも早期発見、早期治療であれば、治療効果もあがるし、医療費も安く、身体の負担も少なくすみます。

親子、友達、家族や知人など人間関係に悩まない人はこの世にいないと思います。
そして「うまくいく」ということを前提に人間関係をみると、うまくいかないときに関係や心が罠にかかり、歪が生じてきます。
そうなると進む方向は「癌化の道」((((;゜Д゜)))

「うまくいかない」を前提にすれば、うまくいかなくて当たり前。
うまくいったら儲けもん!となります。

さきの教えを可能にするためには、次の二つのことが必要になるとあります。

1)問題の所在を、「兆さざる」に発見する深い洞察力
2)発見したらすぐさま対策を講じる機敏な対応能力


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小さな子どもをしつけるときも同じです。
ダメなことをしたら「問題行動の本質」をしっかりと見据えて、その場ですぐに叱り諭すことが大事です。
後からぐちゅぐちゅ言っても、うざいだけです。


わが家にもほぼ宇宙人化した子どもが二人います^^;
一人はようやく人間として歩み出しましたが、もう一人は宇宙人であることを誇りに思っている思春期真っ最中です。

そして当然のことながら、中学では多くの問題がありました。

いじめ、夜遊び、非行の前兆など気になることばかりが保護者や先生の目についてしまいます。 
夏休みもはじまりました。心配のおおい季節にはいりますw

わが子の中学にある年、新しい先生が赴任されてきてから、学校が生徒たちが変わりました。

その先生は「形」にこだわる教育をぶっこわしました。
先生が授業中ふざけてみたり、生徒ととことん向き合って心を開かせる術を発揮したり、それまでの先生たちに「担任であること」を楽しむ方法を指導したりして、先生が笑いながら授業をするようになりました。 またいじめなどの問題についても、学年の先生方が一致団結して「問題の生徒を更生させる」指導から「問題を一緒に解決しよう」とする姿勢に変えていかれました。

すると数ヶ月もたたないうちに、生徒たちの顔から苦々しさが消えていきました。そして笑顔があふれるクラスになっていきました。
クラスごとに楽しさ、仲のよさ、助け合い度を競い合うようになったのです。
オチこぼれてた生徒たちは、自分を助けてくれる先生や友達みんなのために我慢を学び、また頑張るようになりました。
不登校の子が学校へ週に1回来るようになっただけで、全員が大喜びできるようなクラスになったのです。

生徒の抱える問題を、皆が自分たちのことのように共有できる意識へと導いたことで、生徒たちは心の痛みを共有できるようになったのだと思います。

学校の雰囲気も生徒たちのモチベーションも、その時点から変わったのだと思います。


だから我が家の宇宙人が「死ね」「あっちいけ」と宇宙語できゃんきゃん吼えてきても、私はしらーっとしていることができるのです(*^^)v
(もちろん度が過ぎれば蹴りを入れますが…(-_-;))


いじめ問題を抱えて悩まれている大人のみなさん、いじめをなくそうとするよりもいじめが次から次へと湧いて出てきたら、解決していく力を養ってあげていかれるよう、歪を認識できる視点にかえてみてみませんか?

荘子のいうように「もつれる前に解決する」姿勢と、二つの力を得てほしいと思います。

いじめてる子も、いじめられてる子も、大人が生み出した社会によって心の歪を蓄積し、巨大地震となって表に出てきただけなのでは?

東関東大震災の巨大地震が教えてくれたのは「歪」でしたよね!
人生、学ぶこと多かりきですね!!
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