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3・11 祈り。。そして勝利!

3・11 2回目の祈り☆

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マヤ暦では2013年3月11日は「祖先・6」です。
天に住まうマヤの神々「アハウ」の力がいのちのバランスを保つ日です。

世界を創造した神アハウとその象徴である太陽を意味する日。
マヤのナーカルエネルギーをみると、今日この日は生活の安定や安全を祈願し、新しい計画をたてたり、目的を達成させたりすると良い日だといわれています。

新たな息吹を取り入れる、力、勇気をアハウからうけとり、困難を乗り越えるためのエネルギーがもたらされてくる日です。

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3・11 東関東大震災で家族や友達、愛する人を失い、あるいは仕事や家、すべてを失ってしまったり、精神的に未だ辛い状況にある皆さんのために、今も生きて生かされている「いのち」について、私の大好きな言葉を紹介したいと思います。



ヨハネ黙示録第21章より(抜書き)


われまた新しき天と新しき地を見たり。
これ、さきの天とさきの地とは過ぎ去り、海もまたなきなり。

われまた聖なる都、新しきエルサレムの
夫のために飾りたる花嫁のごとく備えして、神のもとをいで、
天よりくだるを見たり。
また大いなる声の、みくらよりいずるを聞けり。

いわく「見よ、神の幕屋、人とともにあり。神、人とともに住み、
人、神の民となり、神みずから人とともにいまして、
彼らの目の涙をことごとく ぬぐい去りたまわん。

今よりのち 死もなく、悲しみも、叫びも、苦しみもなかるべし。

見よ、われ、すべてのものを新たにするなり、
われはアルファなり、オメガなり、始めなり、終りなり。

乾く者には値なくして、命の水の泉より飲むことをゆるさん。
勝ちを得る者は、これらのものを継がん。

われはその神となり、彼は我が子とならん。



これは聖書のヨハネ黙示録21章に書かれているものを一部抜粋したものです。
キリスト教を知らない人や信仰してない人にも、このメッセージは真実の言葉として神から贈られています。


悲しみや苦しみに救いはあるのか?
と聞かれたとき
この世は地獄ではないのか?
生きるに値する世界なのか?
と問いかけたとき、私の心に浮かんでくる大切な言葉です。


絶望のたどり着く先には何があるのでしょう?

悲しみや苦しみの先に「死」や「無」しかないのが真実だとしたら、なぜ人は生まれてきたのでしょう?

そのとき得られる答えが、この言葉から伝わる神の息吹と愛と希望です。

苦しみと絶望の後たどり着く世界が「聖なる都、新しいエルサレム」です。
天から下ってきた新しい都・世界です。

そしてその御座から大きな声がこう言いました。

「神は彼らとともに住み、彼らはその民となる。神自身が彼らとともにおられて、彼らの目の涙をすっかりぬぐい取ってくださる。もはや死もなく、悲しみ、叫び、苦しみもない。以前のものはすべて過ぎ去ったからである。」
「見よ、わたしはすべてを新しくする。」
「書き記せ。これらの言葉は信ずべきものであり、真実である。」
「わたしは渇くものには、いのちの水の泉から、値なしに飲ませる。勝利を得るものは、これらのものを相続する。」


私自身、この言葉に何度も何度も助けられた経験があります。

人にとって「希望」は、絶望のはてにある勝利の相続権であり、天にあるいのちの水の泉から飲む権利であり、戦利品だと思います。

どんなに困難なことがあっても、辛い事があっても、乗り越える・・・それは「希望」を持ったときから始まるのだという教えなのではないでしょうか。

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今日何か1つでいいので、新しい「Something New」なことをしてみましょう!
例えばいつもと違うコップでお茶を飲むとか、新しい歯ブラシにする、新しいタオルを使うなど、何でもいいわね。

いのちをつなぐため、希望の戦利品に近づくため、過去を忘れないため。。。。

平和の祈りをこめて。。。 3・11よ永遠に。