カテゴリ:サードアイの哲学と真理( 22 )

こんにちは。
皆さんは映画「メッセージ」をご覧になりましたか?



社会学者の宮台真司先生も高評価されていて、私は2回観ましたが何かの折にはまた観ようと思っているシンボリックな深い映画です。

映画の内容は映画評サイトさんにお任せするとして、私が「メッセージ」を鑑賞して感動した「言語」と「非言語」の世界観について書いてみようと思います。

中世のガリシア王国当時、言語は「芸術」だとみられていたそうです。
「言語は文明の基盤だ。人々を結び、対立時には最初の武器となる」

映画「メッセージ」では、円盤を縦にしたような12のオブジェクトが宇宙かどこかからやってきて、12の国の空中や地上に留まって静止しています。
それぞれの国が各々のやり方で、そのオブジェクトなる未知との遭遇で交信・交流しようとするわけですが、何せ言葉が通じないわけです。

そこで言語学者のルイーズは「視覚言語」というビジュアルコミュニケーションに期待をしてトライします。

何度か挑戦しているうちに、彼らの「話す音・声」と環のように描く「文字」には関連がないことがわかり、話す通りに書くという人間の言語はあまり意味がないと思われていることに気がつきます。

それが「表意文字」です。
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映画の後半で、ルイーズはついに1対1で「彼ら(実際には1個体のみ)」と直接コミュニケーションをとることに成功します。
そこで彼女が観たものは・・・!
その先はぜひ映画をご自分の目で観てください♪ 
あ、そうそう!私にとってこの映画はSFのカテゴリーではない派です。106.png

古代マヤ文字の世界も同じように「表意文字」や「象形文字」「象表文字」と呼ばれる類のものです。
マヤ考古学者であるデイヴィット・スチュワート博士は、非言語的で象徴的な発想をマヤ語に見つけたのです。

マヤの書記たちは、様々な記号の中から好きなものを組み合わせて文書を書いていたというのです。
単に言葉を記すだけでなく、遊び心があって芸術性に優れたものを生み出している感覚。

絵文字や芸術的センスこそが、マヤの人々の複雑な精神世界や神話の世界観を現わしていたのだということ。

ブログ記事リンク:高度で神秘な文字体系をもつマヤ文字



映画の中で登場するルイーズの可愛い娘。
名前は「ハンナ」

ルイーズはハンナに伝えます。
「ハンナという名前は特別な名前なのよ。Hannahは前から読んでも後ろから読んでも同じようにハンナって読めるのよ」

ルイーズは彼らに出会って「未来と過去はつながっている」ことを知ります。
「時」の流れは止めることはできない。でも時の流れに縛られないで生きることは出来る!

テトラポッドの中でアボットと名付けた地球外生命体は最後にルイーズにこう伝えます。

「Weapon opens time」
武器は 時を開く

この「Weapon」は「武器」ではなく「言語」でした。

芸術人類学研究所所長で思想家の中沢新一先生は、レヴィ=ストロースの影響を大いに受けたと語っておられますが、彼の著書「芸術人類学」でこのように書いています。

「レヴィ=ストロースは自分のつくりあげている『構造人類学』の中心的な主題は、人類の心の中の『無意識』の領域である、と繰り返し語っています。その領域を探求するために、私たちは言語学の視点からの手助けを借りているのだというのです。ところが私の見るところ、『無意識』は言語の構造そのままではありません。言語は、世界についての合理的理解をもたらすために、論理の仕組みにしたがって作動しています。…私はそういう『無意識』の領域で働いている知性の働きを、精神医学者のマッテ・ブランコから借用した言い方で、『対称的思考』とか『対称性論理』とか呼ぼうとしています。対称性の論理にしたがって動いている『無意識』は、言語のモジュールとはちがって、ものごとのカテゴリーを分離するのではなく結びつけてしまおうとしますから、そこでは言語の合理性が一生懸命取り除こうとしている矛盾した思考などというものも、大手をふって通用しています。…そこでは過去も現在も未来も、同じ『場所』に共存することができます。」 芸術人類学

芸術人類学

中沢 新一/みすず書房

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中沢新一先生が「言葉のある『宇宙のすべての形ある物質である色』の世界」と「言葉のない『実体がなく空虚である空』の世界」を瞬時につなぎ、分断しては繋ぐ「即」なのだよねーと深く感動したのです。

記事リンク:ボンズヴェール「森」の年に向かって



言語と非言語は別のものではなく、実は陰陽のように一対になっているのだと思います。

メソアメリカやマヤの神々の多くには「二元論」があって、一人の神が善神であると同時に人間にとって脅威の存在にもなるとか、相対する別の神格をもつ神の姿として表現されたり、コインの裏表のように別個の神の特性が共存して出現したりします。

言語だけでコミュニケーションするには限界があります。
かといって非言語コミュニケーションが普通にできることはあり得ません。無意識的な領域の現れですからね。

とすると、中沢新一先生の言われるように人間の意識を超えたものを見る、想像や常識を超える体験を脳がする、未開社会や原初の世界に踏み込んでみることで見えてくる時間を超越した世界があるのではないかと深く思えるのです。それが「芸術」に繋がっているのだとすれば、私も「YES!」と感じるのです。


メッセージの言語学者ルイーズが映画の中で書いた「ユニバーサル言語」の素になっている世界観、中沢新一先生が描く「対称性人類学」や「芸術人類学」の世界観、そしてユヴァル・ノア・ハラリ氏のベストセラー「サピエンス全史」に描かれている世界観は皆共通しているように感じます。

サピエンス全史 上下合本版 文明の構造と人類の幸福

ユヴァル・ノア・ハラリ/河出書房新社

スコア:






言葉は文字でなくて、絵や記号や点や象やトーテムポールだっていいわけよね!
(^^)/

マヤカレンダー2018はこちらからどうぞ♪



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皆様こんばんは。

11月から12月って、本当にめっちゃ早いですねー!
どうしよ。って思うほど忙しい感が増します。
確かに忙しいのですが、忙しさがゴム風船みたいに膨張して見えるのは何故だろうか149.png

一昨日、「知と霊の魂」のお勉強をしに中沢新一先生の講座に伺ってきました。

講座「ボンズヴェールの智慧」




ボンズヴェールとは何ぞや?については、上記リンクサイトを参考にお読みくださいね。


第1回目の講座にも伺っていて、ふむふむ。なるほど。と思いながらもどこか「仏教」という言葉の世界に、キリスト教を主軸に生きてきた私は多少及び腰だったところがありました。




がしかし、今回のお話と言霊たちは私の魂と腑に落ちました!

仏教がすごいという気づきの前に、まず中沢先生と宮崎さんの会話がめっちゃ楽しい113.png165.png
お話を聞きながら脳が「アハ!」「アハ!」とアハ体験を繰り返しておりました。


この「アハ!」を少し書いてみます。
象徴世界観的なところの深いお話なので、多少よくわからない感があるかもしれませんが、お二人の世界がそのような感じでしたから(((o(*゚▽゚*)o)))!


●お坊さんも、築地の仲買いさんたちも、ガーデナー(庭師)だよねー!

お寺では古来から「庭」の存在がとっても神聖な気をもつ重要な存在だった。庭がこの世とあの世との間を渡す架け橋みたいなものだ。お坊さんも生と死の間で役目を取り成すし、築地だって生きている魚を我々の食卓へと運ぶための交通整理をしているわけだね。またお寺は「山」にあるものだ。「山」には死者がたくさんいて、山にはこの世では計り知れない神聖なエネルギーが宿っている。そうそう、「山」のもつ自然で大きな力を体現しているのがお相撲さんだよね。お相撲さんは「山」の象徴なわけ。だから「寺の庭」もお相撲さんの「土俵」も「築地」も同じような中間を機能させる存在だよね。
現代社会では中間機構が無くなりつつあるから、問題だよね。

「ガーデナー、庭師」がお坊さんということを知った私の脳はジャンプしていました。

 そういわれると「占い師」もシャーマンなので、庭師かもしれないなぁー173.png

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●「即」ってすごいよねー!絶対矛盾的自己同一だぜぃ!日本国民は漢字を手放しちゃダメだよー

仏教の根本の教えで般若心経のなかに「色即是空(しきそくぜくう)」という言葉があるけどね、「即」ってすごいよね。
一即多
多即一

まさに西田哲学だよ。(哲学者 西田幾太郎
「即」がすごい。これは分断した瞬間にすぐくっつくという真理の語だね。「一」は「多」は別のもので分断してるけど連続している。現象的には対立している二つの事物が,実は同一であるという「絶対矛盾的自己同一」だねー
例えるなら「数」の概念に似ている。数字は1は2と異なり、2は3と異なって分断して独立しているが、同時に連続している。「一」も「多」も本質は「空」だからね。「即」という本質を表すような漢字「表意文字」は大事だよ。漢字は日本人は手放してはいけないと思うよ。(仏教の教えや哲学思想初心者なので、ちゃんと私が理解できているかどうかは疑問ですが汗)

色即是空、空即是色
【読み】 しきそくぜくう、くうそくぜしき
【意味】 色即是空空即是色とは、この世にあるすべてのものは因と縁によって存在しているだけで、その本質は空であるということ。また、その空がそのままこの世に存在するすべてのものの姿であるということ。
All is vanity.(すべては空虚である)

確かに「All is vanity」だとその本質的な意味が通じない気がします。



哲学思想的な教えや空海や釈迦や密教や華厳経などの教えが凄いというのもありますが、中沢先生の世界観が凄い!
歯に衣着せぬ中沢先生の言葉の後ろ側には、言葉じゃない世界がある。

中沢新一先生が「言葉のある『宇宙のすべての形ある物質である色』の世界」と「言葉のない『実体がなく空虚である空』の世界」を瞬時につなぎ、分断しては繋ぐ「即」なのだよねーと深く感動したのです。


帰り際に中沢先生に「先生、マヤの世界観も表意文字の概念も、仏教の世界に似ています」と伝えると「うん、そうだね。同じだよね。」と笑顔で答えてくださいました(^^♪

宮崎信也さんは、徳島の般若院のお坊様。
うーん、お坊様というより「死と生をつなぐアーティスト」みたいな感じでした♪

現在「21_21 DESIGN SIGHT」では、2017年10月20日から「野生展:飼いならされない感覚と思考」が開催中です。


展覧会ディレクターは、中沢新一先生。
「人間の文化と生活には、心の土台となる「野生」の能力が欠かせません。私たちのもつ本能であり、知性でもある野生は、創造力に大きな刺激を与えるきっかけになります。」


そういえば、中沢先生のマヤ暦サインはというと「シカ」!!!
「森を守る王者」の称号をもつサインです。
すごいよね~~~! 来年は「森」の年だよー


来年は「シカ」の年になります。

お時間あったらぜひ「野生展:飼いならされない感覚と思考」行かれてみてはいかがでしょうか💝



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8月24日、マヤカレンダーは「シカ8」です。
祖先から授かったすべてのギフト(良い悪いとかで贈り物を区別しないでくださいね、すべてがギフトです)に感謝する日です。


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日々のなかで心がダークなエネルギーに満たされてしまい、愚痴や不平不満ばかりが口から出てしまう希望の光が欠如してしまっている人、前向きにグッドラックを引き寄せるパワーや愛の光りに満ちた自分の未来を、無意識に遮断してしまっている残念な人、今日こそ「感謝」という言葉の引き寄せ力をゲットしてください165.png174.png



「時代」は新たな局面に向かって、閉じ込められていた「時」のエネルギーが放射放出され始めました。

「時・時間」はもはや人類がこれまで知っていたそれとは「異なる意味」をもって、時代の中に組み込まれています。

たとえば「パラレルワールド」とか「デジャブ」、タイムマシンや時空間移動、サイエンスフィクションの筋書きかのような多次元的シンクロの可能性は、今や作り話や映画のなかの世界ではないのです。


すでに「AIの脅威」について多くのサイエンティストや学者が警告を発しているように、精神世界やSFの世界だけの話ではなくなっているのが事実なのだとしたら、私たち現代人は「時」についてどのような視点や概念をもつことが大切なのでしょうか。


・ヒューマン・ブレイン・プロジェクト
 コンピューター内の電子回路に、脳の神経ネットワークをコピーさせ、コンピューターの中に完全な人間の脳を再現する



私たち人類は現在、未来へ向けて「究極の選択」を迫られているのだと考えています。

一つはどんどんと開発して進化していく「AI」や「BMI ブレインマシンインターフェース」などと共存していく超近代化した未来


そしてもう一つは「生命や愛の探究」「永遠・真理」をテーマに、古代思想や世界観、神話のアーキタイプや人間的感情を取り戻し、循環回帰して共存していく未来


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何を信じて生きていけばいいのか

何が正しくて何が嘘や間違いなのか

何が大切で、何が必要なのか

何を手放し、何を手に入れるべきなのか

何が人を生かし、何が人を殺すのか

何が後ろ向きで、何が前向きなのか

生と死は共存できるのか、できないのか




アダムとエヴァ、カインとアベル、男と女、光と闇、陰と陽、肉体と聖霊、それらはどのような象徴的寓意の形姿として存在しているのでしょうか?


哲学とは、何も難しいことを学ぶことだけではない。
自分の人生の身の回りにあることから、少しずつでもいい、「理(ことわり)」や「自然・天の摂理」を見つけていくことです。


人類が間違った未来を選択しないために、今私たちは「何」を考えるべきなのでしょう。



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ギルガメッシュの顔には涙が流れた。
長老たちは彼を祝福し
旅路についてギルガメッシュに助言をあたえた

「ギルガメッシュよ、お前の力にたよるな
目を見開き、お前自身の手を省け
お前のまえにエンキドゥを行かせよ
彼は道を見たことがあり、進路を歩いたことがある
森の入り口に向かって
フンババのまえを行くものは、仲間を救う
道を彼に案内させ、シャマシュがお前に勝利を得させたまわんことを

お前の口が語ったものを
お前の眼が見るようにさせたまえ
閉ざされた通路を開かせたまえ
お前が進みゆくため
道を開かせたまえ
お前の足のために山を開かせたまえ


ギルガメッシュ叙事詩 第三の書板 6


人類が未だかつて遭遇したことのない未知の領域の知、大蛇とともに未開地に隠されているトーテミズムと神秘の世界、そこでは、超越した神の知がメタファーやシンボルとともに存在しているが霧に覆われていて隠されている。



未開に一歩足を踏み入れた人類が最初に遭遇するのは、はたして大蛇なのか?
天使か悪魔なのか?

霧が晴れて神の叡智を見たものは、もしかしたら一瞬で石か氷になってしまうかもしれない。

それでも人類はそこへ向かってしまうのか。

そうだとしたらそれは、世界滅亡の前兆であるに違いない。



タグ:古代マヤ思想





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嘘と真実


こんにちは。
5月もあと3日で終わりですね。
春も終わりというこの時期、私と娘は交代でインフルエンザにかかってしまい、ファイト、いっぱーつ!も効かず、完全にノックアウトされてしまいました。155.png145.png145.png

私に移した娘は先に元気になりルンルンで出かけていきましたが、私はやっと数日前に回復してきたところです。

しかしちょっとやそっとじゃ気持ちが落ちないのは私のいいところ。174.png
「これはここでたんまり休んでインフルのウイルス抗体をつくっておけば、今年の冬はかからないでいいわー125.png164.png
お仕事は無理せず少しずつ復帰しております(^^♪

今日は「嘘と真実」について、ゆずれもん飲みながら書いてみました(笑)

みなさんはインターネットやマスメディアの情報やニュースのどれが本当でどれがフェイク(嘘)なのか、ちゃんとわかりますでしょうか?

正直むずかしいように思います。

「本当のように見せかけた嘘」「嘘のようだけど真実」「真実のように信じられている嘘」「嘘から真実に発展した嘘」「本当だか何だかわからないもの」などが混在して、拡散されていくからです。



報道番組をまもとだと思って見ているが、実はお笑い番組やちょっと見ただけではわからないようなニコ生放送のほうにまともな報道があったりします。
報道番組の多くは都合よく隠蔽されたりフェイクや一部のみ取り上げられたりすることが多く、それをまじめに語っている人たちを見ると胸糞が悪くなることもあります。

では私たちはいったい誰を何を信じればいいのでしょう?
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私はよく鑑定の時にお伝えすることがあるのですが、「信じてたのに」ほど危ない妄想はないのです。
「信じる」こと自体、信じる側の人の「個人的世界観に基づく妄想=ファンタジーの物語」だからです。


「信じる・ビリーブ」とはそれが「本当」とか「真実」だから信じるのでしょうか?
違いますよね。

たとえば漫画や小説、アニメやディズニーのようにファンタジーの世界に登場するキャラクターを信じるのは、それらが本当だから信じているのでしょうか?
ミッキーやミニーは現実には存在していませんね。
あるいはサンタクロースや神、妖精や天使はどうでしょう?
サタンや幽霊、宇宙人やUFO、クロップサークルやニセ科学の類は?

人はなぜ不思議なものを信じるのか TEDトーク


「真実」とは、それを信じる人たちがいて、信じるに値する事象があると仮定されたことが事実であると立証されて初めて成立するわけですね。
宗教も社会も同じような構造によって信じられて成り立っています。

でもその「信じる人」の言っていることが「信じる」に値するかどうかは立証されていませんし、信じるに値する事実の確信となる部分も現代ではいくらでも模造・修正できるわけですから、それが絶対真理だとは断言できませんよね。


「真実」と似ているが意味は異なる言葉「真理」があります。
これは「真のことわり」です。
「理」とは 物事の筋道。条理。道理。などの意味がある言葉ですが、この「ことわり」という語は人間のみが自由に使えるものではなく、「真理」や「摂理」のように自然や神、自然界の秩序や法則のようにいっさいの万物に用いられる場合に適用されるものです。

「真実」は如何様にも変貌させられることがありますが、「真理」や「摂理」は変容しません。
普遍性に基づく概念です。

私は「真実」は人間が追い求めたり、正しいと主張したり、武器に使ったりするものであり、人間の手にかかれば真実も嘘になるものだということを覚えておくほうが望ましいと思っています。

そして「信じる」という行為も「真実」に近いもので、信じたり信じなくなったり信じられなくなったりするのは人間サイドの問題や世界観、物語に基づいているものですので、普遍性のものではなく、あくまでも社会あるい人間界のものであることを知る必要があるように思います。


私が「信じる」という言葉を使うとき、それはいったん「真理」や「摂理」に照らし合わせ、問いかけ、光が屈折せずに私のところへ戻ってきたとき、ようやく「信じる」という単語に心が結びつきます。

それは「人」「もの」「仕事」「ニュース」などすべて同じようなルートをたどります。
「真理」や「摂理」は普遍性をもつものなので、いつも私は真理や摂理を探求しながら理解を深めます。そしてそのフィルタを通して信じるわけです。

よって人を直接信じるわけではないので、裏切られたとか騙された感はありませんし、信じられないからといって付き合いをやめることもありません。しかしながら信じられない人を信じることは「ことわり」が許さない限り出来ません。

ニュースも同じです。まずは「信じられるかどうかのジャッジを天の摂理や真理に委ねること」から始めるわけです。


動画にでてくる子どもたちは、神を信じて踊っていますが、これは「真実」ですよね!




マヤの叡智や天の摂理、真理は、問いかけるには優れている「理」です。




<嘘と真実>それは<愛と憎しみ>のように、同じ次元土俵の上にあるものではないかしら。
仮に「愛と憎しみ」の反対を定義するなら、それは「無関心」ではなく「一般」でしょう。愛とか憎しみという興味の対象から外れる一般不特定多数ですから。

そして<真実と嘘>を見分けるのは「過去や歴史、足跡」ではないでしょうか。
現在と未来において「真実」は確定されていませんが、過去においての「事象」は確定されます。
嘘と真実どちらであっても、過去に対しては”入れ替え不可能”ですからね。

少し難しい「嘘と真実」のお話を書きました。
これもまたサードアイの哲学とでも申しましょうかしら162.png178.png



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平成天皇が本日、お気持ちとしてのお言葉を述べられました。
天皇の語られるお言葉に耳を傾け、お気持ちを感じることができるよう心静かに目を閉じてお話を伺いました。

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天皇の「お言葉」とそのお気持ちは、社会や国民に影響することはもちろんですが、象徴としての立場の務めを果たす平成天皇のお気持ちを述べられてることに並行して、もう一方においては、肉体ある人間として御生れになった天皇のお心・お気持ちと家族への愛とを感じることができました。


さてここでは、生前退位とは少し離れた象徴の意味について考えてみましょう。

「象徴天皇」の「象徴」とはいったい何を意味しているのでしょうか?

象徴天皇制としての天皇は、日本国の国民の集合魂の最高形態としての超越した存在であり、生きた神話であり、神の像の似姿です。法律や憲法的な意味からはちょっと離れて考えてみます。
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神の特性としての元型(アーキタイプ)を具現化される存在が「象徴としての天皇」である、と象徴体系理論的には考えます。


精神分析学者「C.G.ユング」博士は、その著書「アイオーン」において
「聖アウグスティヌスは、キリストである神の似姿と、神の似姿なるものへ近づこうとする可能性として人間に植えつけられている似姿とを区別している。」と書いています。

また「人間と象徴」のなかではこう述べています。
われわれが象徴と呼ぶものは、用語や名前や、日常的に親しみのある絵にしても、習慣的で明白な意味に付け加える何らかの”特定の含蓄”をもったものである。それはあいまいで、知られざる、われわれには隠された何ものかを包含している。・・・かくて、言葉やイメージはそれが明白で、直接的な意味以上の何ものかを包含しているときに、象徴的なのである。

昭和天皇が崩御されたあと、戦後の日本国が平和の象徴的世界観をもつ国へと生まれ変わるため、統合を目指して国民意識と魂を牽引されてきた「平成天皇」の象徴としてのお勤めは、愛に満ちていて、国民の歓びにも悲しみにも寄りそった、大変素晴らしいお働きであったと私たちは知っています。

戦争の色を消すことなんてできない。

しかし戦争と平和が日本国の歴史であるならば、せめて平成の象徴としては「平和」の色を国民に感じてもらいたい。そう願って無我夢中で平成の世を歩き回ってこられたのではなかろうか?
私はそんな平成天皇のご尽力に心から感謝の気持ちをお伝えしたいと感じました。

日本は美しい自然に恵まれていますが、その自然は時に非常に危険な一面を見せることもあります。この度の大震災の大きな犠牲の下で学んだ教訓をいかし、国民皆が防災の心を培うとともに、それを次の世代に引き継ぎ、より安全な国土が築かれていくことを衷心より希望しています。 

今なお不自由な生活の中で、たゆみない努力を続けている人々に思いを寄せ、被災地に1日も早く安らかな日々の戻ることを一同と共に願い、御霊への追悼の言葉といたします。
東関東大震災5周年追悼式の天皇陛下のお言葉より

先ほどの聖アウグスティヌスの言葉にあるように、神の似姿としての天皇は、同時に一人の人間でありまた子や孫をもつ一人のお爺ちゃまです。肉体の衰えは万人に共通です。

日本の未来が平和であるように祈り、国民の苦しみは我が苦しみとして背負い、象徴天皇であるがゆえに”人間としての尊厳”を略奪されてなおその宿命に直向きに準じていらした平成天皇の、今日の「お気持ちを伝えるお言葉」のご発言存在そのもの自体が、新しい時代の「象徴」となるのではないでしょうか。

象徴とは日々その形や意味を変えて、世を巡っていくものであり、同時に普遍的なシンボルです。
夢や無意識もマヤ暦も神話も、すべては「象徴の世界」の一つの側面である。と私は思っています。

古代マヤ暦の「夜(神殿)」の周期に、天皇のお気持ちが伝えられたことも、「死・4」という見えない世界、変容するプロセスを表すエネルギー、世界の縁をつなぐデイサインの日である8月8日が選ばれたことも、マヤ的にはとても象徴的な出来事であり「時の具現化」を天皇自らが示されたのだと感じております。


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屋久島tribeさんブログより写真おかりしました



平成天皇は「シカ」のサインのお生まれですが、シカは人生の聖なるリズムを象徴していて、守護神は雨と雷の神「トラロク」で、最も古い重要な神の一人です。豊かな森の守り神としてまた大地の祝福する神として、28年もの時をかけて「日本国」という森を耕し、大地を休め、豊かに潤うように見守っていらっしゃいました。

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ポケモンにもシシガミ様が登場しているそうです


皇太子様のサインは「ヘビ」ククルカンです。
時は「ヘビ」の時代へと近づいています。

ビデオメッセージで文書を読み上げる陛下のお姿が撮影されたのは、7日午後4時半、皇居・御所の応接室だそうですね。7日は「ヘビ」のサインの日です。

これもまた古代マヤ暦が伝える天の意思であり、マヤを知らずとも天皇陛下は無意識に「時の象徴」として「ヘビの日=デイサイン=皇太子」を選ばれたのだろうと思います。

今はそういう「理(ことわり)」が動いているのだと思います。

私たち日本国民は、いま、象徴の意味を深く考え、二元的な天皇のお立場を熟考し、国は未来への道筋を築かなければいけない「時」なのではないでしょうか。
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「人を信じる」って難しいですよね。

私は仕事や文明の知恵は信じていますし、仕事には当然「ひと」が関わっていますが、信じて大丈夫な人はちゃんと嗅ぎ分けます。(笑)

でも基本的な特性からみると、わたしは人を根本から信頼する。ということは意識してないように思います。

信じることで、自分の心が楽になるならそれはいいでしょう。

でも人間という生き物は、「信じる」という言葉を武器にしてしまい、痛い目にあってしまうことが多いとは思いませんか?
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それは友達や会社の同僚とかに限ったことではなくて、家族や恋人、親子にも通じること。

たくさん傷ついて、たくさん信じて、裏切られて、また信じて・・・
人はそうして繰り返しながらも、信じることをやめられませんね。


私は「キリストとヨハネに出会う」という神秘的な体験をしたため、それまで信じていた「キリスト教」も「神への信仰」もすべてひっくり返って違う形になってしまいました。


そこで学んだ「信じる」こととは、人間が抱く感情や意思みたいなものでは到底認識できないような、意識してできるようになるようなことじゃない。ということがわかったのです。


「信じる」ことって生まれた時から「知ってる」世界観に基づいているのだとおもいます。


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ほんとに稀にですが「信じる」ことを無意識にしているお客様を鑑定することがあります。

その人と私の鑑定においては、不思議な波動が交差します。
誰からも信じてもらえないことや、自分を信じてもらおうとか、好きな人を信じられないことに悩むのは、ある種の無意味なこと。だと通じ合います。

その方にとって、私の鑑定は「占い」や「予測」ではなく「make sure」「確認」の意味が大きくなります。



最近のソーシャルネットでのつながりも、同じだと思います。

「信じようと頑張る」自分から解放されれば、きっとその先、もともと生まれたときに知っていた世界からのギフトとして「信じる」ことが自然にできるようになる。

私は「信じる」とは「自分を思い出す」ことであり「空気のように吸ったり吐いたり自然にできること」が、本当の意味で「信じる」ことなのだとおもいます。

だから・・・

「人」を信じることに限定せず、まずは自然や宇宙や「自分」を信じられるかどうか、真っ赤なバラが明日朝起きたら、黄色い薔薇に変わってた!みたいなことが起こらない。と信じることから思い出してみたらいいのかしら?
と思います。
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人を信じられなくなったら、それは自分の知ってた世界を忘れ始めてるってことじゃないかしらね。

そんなときは、人を信じるのをいったんやめてみる。
そして原点に帰ってみてはどうかしら。
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稲垣武峯の筆文字

さんのサイトから画像をお借りしました♪


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時間が止まるとき

ほんとうの自分に出会いたい人へ


人間には 時間が止まる ときがある


社会が動かす24時間から 離脱し
昼と夜という太陽と月の時間からも 離れ
人間という知的生命体との関わりからも 離れ
働き稼ぐことからも 学ぶことからも 離れ
生死の理念や善悪の概念からも 離れ
自分の生命維持に最低限必須なものからも 離れ


自分の時間をとめてしまう ときがある

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picture by ai

自分で 時間を止めようとしているのか
自分の魂が 肉体的存在時間を止めようとしているのかは
そのとき
その人間には わからない

ただわかるのは 自分の時間が止まった という感覚だけ


現代人はそれを「引きこもり」と名づけたらしい


時間がとまるのには 理由がある

それは「時」「いま」「過去」「未来」「存在」「生」「死」を
確認するためだ
「世界」「自分」「宇宙」「目的」を
知るためだ


内なる声に 耳を傾ける 最高の方法だ!


でも現代人は「引きこもり」「鬱病」と名づけ
それを病気にしてしまった


精霊が宿り人間とともに暮らす世界は もう築けない
そんなオチこぼれは 現代社会には認めてもらえない

そういうのなんていうか知ってる?

精霊の宿る自然界を知らない 現代社会のブラックホールっていうんだよ

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時間がとまったままで 人生が終わることなんて 絶対にない

時間が止まるときが あるだけである


全てから離脱しているあいだに 精神は研ぎ澄まされ

本来の時間の意味を知る
天国と地獄を知る!

そして…  本当の自分に出会う


時間をとめているのは 時神の天なる秘業だ


卵が孵化して 精霊がその人の心に宿るのを 助けるために
時神は時を担いで その人の精霊のために時間をとめる

ナーカルはそうやって 人間のために 時を担いでいるのさ

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そんな大事な精神世界の真理を知らない族(やから)が 
変な病名をつけて 薬を処方する

時間をとめたこともない ふつーの族(やから)たちが・・・
正常な精霊の働きを阻止して キチガイにしてしまう

時間がとまってる人に伝えたい


いつか時神が 時間を動かしてくれる
心配するな
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みなさん、こんばんわ★

関東地方も梅雨明けしたようで、今日は本当に暑かったですね(~_~;)
でもクーラーのきいた部屋にずっといるのは健康上よくありませんよね。
自然に汗ばむくらいで夏はいい、そう考えることにしました♪

さっき「ホピの書」について書いてある雑誌を読んでいたのですが、ホピ族の聖なる予言には考えさせられることがたくさんありますねー

第9・最後の予兆
「・・以上が大いなる破壊がもたらされる前の予兆の数々である。世界はぐらぐらと大揺れするだろう。白い人は、よその地の人々(英知の最初の光を受けた人々)と戦うだろう。白い人がここから遠くない砂漠でやったような煙と火の柱がたくさん立ち昇るだろう・・」

核戦争の予言とも第3次世界大戦ともとれる予言について、長老は次のように語っています。
「3度目の世界大戦は、よその古い国々(インド、中国、パレスチナ、アフリカ)で聖なる英知(光)、知性を最初に受けた諸民族によって開始されるだろう。 合衆国は『灰の詰まったヒョウタン』によって破壊されるだろう。それは、地上へ落下して、河川を沸き立たせ、大地を焼き焦がす。そこには長年にわたって草木が生えず、薬の効かない病気の原因となるだろう・・・。 シェルターを造ろうとするのは物質主義者だけだ。心の平和な人たちはすでに偉大な命のシェルターに入っている。」

大いなる浄めの日は近づいているのかもしれません。

核をつかって戦争を始めてしまったら…と思うと、愚かなことを繰り返さないよう祈るばかりです。

そこで・・・・

荘子曰く

行きて之く所を知らず、居りて為す所を知らず、
物と委蛇してその波を同じくす。
これ衛生の経のみ。

「衛生」とは「養生」と同じで、与えられた生を全うすること。
「経」とは「不変の真理」

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これは何をいっているのかというと

「歩いていても、どこに向かうとかいう目的意識を持たないし、坐っていても何をしようかという思慮分別を持たない。 ただ、外界の動きに身をゆだねて、少しも逆らわない」

大いなる意志を受け入れ、自然のリズムに合わせて生きていく、そんな生き方を指していうことだそうです。

たとえ地震、雷、火事おやじ核戦争がこようとも・・・; ̄ロ ̄)!!
経済のうねりや崩壊が迫りこようとも・・

自分のペースはしっかりともち、自分の限界を心得て、危険なことに手を出さす、こだわりや私欲を棄て、あるがまま無心のようになって、世の無常をながむることで、不変の真理と光を知り、与えられた生を全うすることが大事である(-∧-)合掌・・・

ということでしょうか。

う~~~~ん(・_・;)

うぅぅーーーん。。。

難しいことよねぇ((((;゜Д゜)))

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災害には備えましょう!
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みなさん、こんばんわ★

今日は暑かったですねー^_^;
関東地方も梅雨・・明けたでしょ。って思いますがまだなのでしょうか?w

九州地方を襲った大雨で大洪水による被害をうけてしまった方にはお見舞い申し上げます。
かつて経験したことのない大雨による濁流や土砂崩れなど、ニュースで映像が流れるたびに東関東大震災の地震と津波の恐怖を思い出してしまいますw

今朝も地震がありましたし、台風7号も発生したようです。
18日にかけて沖縄・奄美に近づくおそれがあるようなので、みなさん日本中のどこにいても天変地異災害等にはお気をつけくださいね。

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TBS特別番組

今日は久しぶりにマヤではなくエジプトのピラミッドの特別番組を見ました♪

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古代エジプトにもミステリーや謎がいっぱいなので楽しみにしていたのですが、学説を覆す発見と真実はあったようでしたが、古代エジプト人の遺した文化遺産的神秘に迫るミステリーの解明とは少し方向が違っていたので、ちょっぴり残念でしたw

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古代文明や古代人が築いてきた時代の歴史的謎を解明しようとするとき、学者や研究者は考古学的な発見や発掘、文字の解明や探索物の年代検証や物理的な解明に夢中になり、現代人のために大切なことを知らせるという使命を忘れがちのように私は思います。

時代背景や当時の気象条件、宗教や王の治世などにも目を向けていますがそれだけでも不足で、人類の起源に関与する普遍の真理や哲学的な根本を支える大きな柱となる「象徴・神話」の介在なしには、解き明かされた史実が現代に叡智となって息を吹き返し、甦ることができないのではないかと考えるのです。

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古代エジプト人やマヤ族がいうところの「魂が甦る、死と再生」とはどういうことを意味しているのでしょうか?

発掘された遺跡群や古代文字が「何」を意味し、どのような意味をもって造られたり書かれたりしたものなのかを解読することは、魂の甦りに深く関係しているのだと私は考えています。

「魂の甦りと再生」
それは現代に生きる私たちの中に、古代エジプトで暮らし働き、学んだ時の遠い記憶を集合無意識の中から呼び覚ますこと。

古代の文献や資料、遺跡や古文書など多くのものが発掘・発見され、現代に記録として保存されています。
(そこが地球人の凄いところなのですが!!)
そしてそれらを学びながら私たちは、自らの中に生き続けてきた魂の記憶を甦らせ、神話素の根元(集合無意識に眠る魂の記憶)から吸い上げて現代に呼び起こすことで、太陽神ラーとともに冥界におりていった王や書記の魂が眠る豊かな水源(叡智)に到達することができ、魂は甦る!のではないでしょうか。

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ところで「錬金術」もまた「不朽不滅」の肉体を製造するための術です。
「オプス」とはこちら側の世界から向こう側へと越え渡り、変容することを意味していて、対立の融合、対立からの解放と呼ばれることが生じて初めて「化学の結婚」は成立するのです。

不老不死の薬を手にするためには「黒い物質」なるものを、何とかして分離させなければなりません。
それは地上的不浄な性質、邪悪な性、呪われたもの、厄介な地上的残滓、洗い落とすことのできない道徳的欠陥などです。

そこで、一切を内包する大切な秘密の物質が「塩」なのです!

ところで皆さんは「浄化」するときになぜ「塩」を使うかご存知でしょうか?
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「塩」は最も高尚な「魂」「超越した物質」「精神」などを象徴する意味を持っています。宇宙の魂と同じように「塩」はあらゆるものに浸透し、生きるためには必須でありまたどこにでも遍在しています。

聖書には「塩」を例えとした教えが多くあります。

「あなた方は自分のうちに塩をもちなさい。そして互いに平和に過ごしなさい」
「あなた方はいつも塩で味付けされた優しい言葉で語りなさい」
「塩はつねに注意して、鋭く辛い状態に保たなければならない」

塩は当たり前に私たちの肉体に浸透し、欠かせない物質です。だから「魂」という意味をもたせているのです。
黒い物質を分離させるために欠かせないもの。。。
魔除けや清め、浄化に「塩」が使われるのは、そのような象意と寓意があるからなのですね♪

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古代文明の謎解きの話に戻ります。

エジプトのピラミッドの壁には「冥界の書」が描かれています。
・ドゥワトにあるものの書
・洞窟の書
・門の書
・アケルの書
などです。

「神々が舟を曳き、この神はこうして彼の場所を『神的生命』である蛇の秘密の像の背骨を航海する。ラーの前後にいるイマク(祝福されたもの)たちは・・・蛇のひみつの像の中に入る・・・この蛇は彼の骨髄(イマク)の中にいる・・・」

このような不思議なイメージをもつ文章の意味を解く鍵は「イマク」という語にあり、骨髄を意味するのと同時に「イマク」にはあらゆる肉体的なものから解放された至福の状態となる(祝福された存在)の意をもっていることにあるといわれています。

「ドゥワトにあるものの書」には、夜の12時間を巡り、変身する世界、霊的な解放、純化の象徴がかかれています。
船首には「道を開く者」が立ち、中央には手に杖をもった偉大なラー神が乗り、舟の女主人とともにドゥワト(冥界)の領域へと旅をしていきます。
最初の6時間は冥界へ向かって下降していきますが、それぞれの時には門番や案内人がいて役目を果たすとあります。(マヤの時の守護者ナーカルみたいでしょ♪^^) そしてラーの魂は中央の川をわたる幕屋にたちます。
そしてあとの6時間は再び上昇し、大蛇メヘンのとぐろの中央に立つのです。

偉大な太陽神ラーがドゥワトへと下る。
そのことが意味するのは「魂」が肉体という舟の中に受肉することを象徴していると書物には書かれています。

ナグハマディ文書や死海文書、原始キリスト教につながるグノーシスの教えや秘儀が書かれた古文書は、それらの真理を解き明かす手助けをしてくれるかもしれません。


私たちが生きているこの現代社会も、あと千年か2千年もすれば古代文明となります。
千年後には今の私たちが想像もできないような文明が築かれているに違いありません。
地球だけでなく他の惑星にも住むことができて、宇宙空間を自由に行き来しているかもしれませんね(*^_^*) 宇宙次元からみれば千年二千年などあっという間です。

しかし千年後も今も2千年前もずっと変わらないことがあります。

それは「永遠なる普遍の真理」です。

私が今もなお愛して止まず、生涯をかけて学び続けたいと思っているもの。それは2千年前と今現在と2千年後をつなぐ「万物の根源」を語る「神話」です。
そして時代に関係なく色あせることなく輝き続ける「普遍の光」「真理」そして「サードアイの哲学」なのです。

古代マヤ文明の叡智に「光あり」!


☆おまけ

エジプトだけでなく全てのピラミッドには、別の秘密もありそうですヨ(^_-)-☆

The secrets hidden in the pyramids of Egypt
エジプトのピラミッドに隠された秘密(英語)

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みなさん、こんばんわ★

「火の守り人」であるネイティブ・アメリカンについて、先日以下のようなニュースが報道されていました。

米先住民 政府との裁判に勝利

20.06.2012, 02:54
  米国最高裁判所は、政府当局に対しネイティヴ・アメリカン(インディアン)の自治費用を補償するよう命じた。BBCニュースが伝えた。
 裁判所の決定に従い、政府は、ナヴァホ族その他のインディアン達が1994年から2001年期に自分達の社会サービス保障のため支払った費用を賠償する事になる。つまり、秩序維持や環境保護、教育、保健医療、インフラ及びその他のサービス維持のための費用、BBCによれば何百万ドルにも及ぶ費用を政府は賠償する。 予算不足から、米政府はこの7年間、補償費用の77%から92%を支払ってきた。AFPの報道では、2000年米国議会は、補償費用として16億ドルの拠出を決めたが、インディアン側に実際届いたのは1億2千万ドルに過ぎなかった。


インディアンの宗教は、世界が創造されたのと同じくらい古くからあります。
何千年もの間受け継がれてきた叡智が、長老たちの口から伝えられ続けているのです。

古代マヤ族の長老も同じようなことを言っています。

「わたしは『死』という言葉を使った。 だが『死』などというものは実際には存在しない・・・ただ魂が生きる世界、次元が変わるだけなのだ。」

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神と話したくなったり、叡智が必要になったとき彼らは、丘の上に行き、4日4晩の間食べ物も水もなしで過ごしながら、神と話をするといいます。
自分と神だけの対話。それは日常体験できないほど素晴らしく気持ちのよい時間なのだそうです。


ナバホとホピ族たちは、ウランについて次のように書いています。

「白人はわしらに1億ドルを押しつけて、ブラック・ヒルズを奪おうとした。言っとくがな、ブラック・ヒルズは1000億ドルや4000億ドルだって買えやしない。あんたたちがインディアンから盗んだものや、今までやってきた破壊行為を金で償うなんてことは永遠にできないんだ。・・ブラック・ヒルズはわしらが大地から生まれた場所であり、聖なる儀式の時に訪れる聖地なんだ。それをあんたたちはわしらを追いやって、この地に金、胴、ウラニウムなどの資源が眠っていることを発見し、手に入れようとした。母なる大地のウラニウムの守り人はインディアンだけだ。あんたたちはこのウラニウムで世界を破壊するために使うに決まっとる!」


「この大地から盗んだウラニウムでつくる核兵器なんかいらない。ウラニウムを盗めば、この地に雷が来なくなり、雨を運んで来てくれなくなる。 ウラニウムは雷を呼ぶんだ。ウラニウムを採ってしまえば雷は来なくなる。」

「ナバホの人々はホピのために土地を守ってくれているんだ。この地がナバホの聖地だと知ってるからだ。偉大なる精霊は私たちをこの地の守り人にした。だから私たちはこの地を祈りと儀式で守るんだ。白人は、この大地を露天鉱やウラン残土や発電所で毒し、犯し、破壊しつづけている。」

「ホピの予言では白人について、こう伝えられている。もともと白人は私たちの兄弟であり、東の方角へ旅立っていったのだ。白人はそこで発明について学び、みんなの生活を向上させるためにそれを持ち帰るはずだった。そうすれば、白人は私たちの精神の輪を完成させられるはずだったんだ。しかし・・白人は輪のシンボルを持ち帰りはせず、代わりに十字架を持ち帰った。 輪は人々を引き寄せ、十字架は人々を引き離す。十字架は分裂を引き起こす。彼らは私たちをつるしたいのだ・・・ウラニウムでできた十字架に!!!」

ネイティブの精神的伝統は、今も生きています。
スピリチュアルの火は燃え続け、世界中の人々の魂に光を灯しています。

だから・・・

長老やグランドマザーたちは、こどもたちに知恵を語り継がなくてはいけないと今も伝承し続けているのです。

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賢さと愚かさの違いを教えていかなければいけない。

なぜならいつか子どもたちもまた、未来の長老になるのだから。。。

私もそう思います。


勝利は嬉しいことです。
生活は豊かになっていくでしょう。

でも・・

このように裁判に勝利するとたくさんの「人を苦しめているマネー」がインディアンの人々のもとへと運ばれていきます。 

長老たちにとってマネーは全てではない。
しかし若者にとっては…、魅力的かもしれません。

勝利がネイティブに幸運をもたらしてくれることを信じ、また祈ります。
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